瀬戸内をつなぐ移動建築
2021年度卒業制作
学長賞
北前船とは、かつて商品を売り買いしながら海を渡った商船のことである。かつて北前船の寄港地であったまちは、現在少子高齢化などの社会問題を抱え、衰退の一途を辿っている。そこで「現代の北前船」を設計し、まちのポテンシャルを運ぶことで再びまちをつなげ、まちが抱える問題を解決していくことを考えた。
海上の移動建築が集まって繋がり「瀬戸内サミット」を開催する提案は、これからの瀬戸内を個別で考えるのではなく全体で考える場を設け、衰退を見守るだけの小さなまちをひとつにすることを目的とする。そうして、まち同士は支え合ってお互いの存続に貢献し合い、瀬戸内の更なる発展へとつなげていく。
同期生の作品に刺激されながら、オリジナリティを確立した4年間
私は大学入学前に工業高校の建築科にいました。けれども高校は建築士資格を取るための授業が主体で、実習の時間に自分で設計をするということはなく、手書きで図面を書くことが中心でした。本当は高校を卒業したらすぐに働きたくて、手に職をつけようとして工業高校に入学していたのですが、思うように就職活動が進まず迷っているときに、工業高校で卒業設計を担当していただいていた先生(神戸芸術工科大学の卒業生)と学科主任の先生、担任の先生方から「大学に進学してもっと建築を学んだ方がいいのではないか?」と声をかけていただいて、大学に進学することを決めました。
卒業制作で対象敷地のひとつとした兵庫県赤穂市坂越(さこし)という町は、母の出身地です。この地は、私が幼い時から長期休暇になると帰る場所でした。私は神戸生まれ神戸育ちなのですが、坂越を自分のふるさとのように感じていて、とても心が落ち着く場所です。1 番大好きな場所を対象敷地として選べば卒業設計が辛くなっても、坂越のことを考えるだけでテンションが上がるかも!と思ったのがもともとのきっかけでした。
そこから、坂越でできることは何だろうと考えを深めていくにつれ、坂越で抱えている問題は瀬戸内の小さなまちが共通して持っている問題であることに気づき、最終的には瀬戸内全体を巻き込むような提案へと発展していきました。
コロナ禍のため去年まではリモート中心で、大学のスタジオがほぼ使えませんでした。大学に行ってみんなで肩を並べて作業するのが好きなタイプの私にとっては、人に会えないことを少し苦痛に感じていました。けれども畑ゼミでは週一でゼミを開いていたので、ゼミのメンバーにはほぼ毎週会えていましたし、畑先生にも顔を合わせてご指導していただいていたので、ひとりで作業している孤独感や、孤立して頑張ってる感じはずいぶんと緩和され、とても心強かったです。コロナ禍の状況がすこし改善した頃には、スタジオやゼミ室が利用できるようになって、そこで必ず誰かが作業をしていたので気合いを入れて作業に没頭することができました。振り返ってみると畑ゼミのメンバーがこの1年間私の心の支えだったなと思います。
大学生活の中で、私の作品や考え方に影響を受けたのは、やはり環境デザイン学科の同期みんなの作品だと感じています。ほかの人が作る建築やプレゼンシートのレイアウトを見たり、考え方について話を聞いたりするのがとても好きで、誰がどんなものを作っているのか常にアンテナを張りながら毎回の実習に臨んできました。ひとつの課題にいろんな回答があるなかで、自分ならどう答えるか、オリジナリティをどこまで出せるかと、常に考えていた4年間だったなと感じています。いまはまだ将来の具体的なことまではっきり描けていませんが、こうした大学生活での経験を糧に、仕事やプライベートと関わりなく様々なシーンで何かを生み出せる人間であり続けたいなと思っています。
Concept
畑 友洋
瀬戸内にある小さな港町のポテンシャルを発掘し、それらを移動式建築として海に浮かべるという提案である。この移動式建築は、着岸した瀬戸内の港や島々で、様々なサービスや物、空間や文化を運び、瀬戸内海における細やかな新しいインフラとなることを目指した提案であり、具体的に四つの港を対象に、リサーチにより明らかとなった街のポテンシャルを移動可能な建築として提示している。
これまでの瀬戸内には古くは江戸時代より航行した北前船のように、ものだけでなく文化を運び、港をつなぐような社会的なネットワークが存在していた。このようなネットワークがそれぞれに補い合い、助け合いながら緩やかな文化圏を形成してきた歴史がある。しかし、現在では港町や島々は分断され、かつての相互扶助的な関係性は希薄となり、それぞれに固有の問題を独立して抱えた状況にあることがリサーチによって明らかにされている。そのような社会背景を紐解き、小さな港町がそれぞれに得意とするサービスや文化、エネルギーなどを移動式建築という形を用いて、瀬戸内の他の港や島々が助けあい、つながりあえる仕組みを生み出すというものであり、まるでそれは21世紀の北前船の姿であるようにも思われる。
このようなビジョンは、場所に固定化した建築の可能性を押し広げ、細やかで新しいインフラにまでつながっていくような射程を持った魅力的な提案である。また、これらの移動式建築は、連結することでそれぞれに固有の場を形成することができ、港や海上に変幻自在に固有の場を浮かび上がらせることができる仕組みを備えている。そして、海上において、それぞれの港から移動式建築が集まり、瀬戸内について話し合う、瀬戸内サミットの開催が提案されている点も重要である。つまり作者がこの移動式建築を通して、その具体的な形や運ぶものを超えて、瀬戸内の港や島々をつなぐ新しいネットワーク形成を実現することを目指した意図が明らかとなり、まさにしなやかで新しいインフラの提案であると言えるのではないだろうか。