都市と共生するタイニーハウス生活
2022年度卒業制作
学長賞
近年国内でムーブメントを起こしている、最小限のモノだけを持ち、小さな住居で暮らすタイニーハウス。
彼らは小さな生活のなかで、「人生の本当の“豊かさ”とは何か」を見つめ直しており、自分にとって最低限必要なものが空間や生活に現れていた。
そこで、タイニーハウスを活用されていない都市の隙間に挿入することで、最小限の空間に暮らしながらもまちと共生し、今あるまちを壊すことなく、まちに新たな賑わいを生み出す提案である。
画一化した暮らしではなく、自由な環境や生き方を選択でき、手軽に自分の住処をつくることができる。そんな小さくても大きな可能性を持った“URBAN TINYHOUSE”が、これからの暮らしの選択肢として求められていくのではないか。
学外活動で多くの刺激をうけ、新たな価値観を築く研究テーマにであう
高校は普通科でしたが、美術館や展覧会に行くのが好きで、次第に空間や建築のデザインに興味を持ち始めました。いろんなことに興味があったので、大学入学後は、積極的に学外の活動に参加するように心がけました。たとえば、4回生のときに参加した「空き家改修プロジェクト」では、廃屋建築家の西村さんという方を中心に、神戸市梅元町にある7棟の空き家をアートレジデンスやシェアハウスにする体験をしました。このプロジェクトには、神戸芸術工科大学の学生や他大学の学生、建築家などが参加し、約1年、間自分たちで空き家の解体、設計を行いました。家を解体するという貴重な経験ができたと同時に、実際に設計をお仕事にされている方の現場の仕事を見ることができて、設計業界のことをより深く知ることができました。
また関西の建築学生が集まってチームを組み合宿しながら設計する「建築合宿」には、2、3回生の時に2度参加しました。ここでは、初対面の方とコミュニケーションをとって打ち解けあい、話し合いを重ねながら1週間で一つの作品を制作するのですが、限られた時間のなか、意見がまとまらなかったり、提案が行き詰まることも少なくありません。いかに効率よく提案を出し合い、まとめ、工夫するかが求められ、新しいスキルとともに他学生の設計に対する多様な考え方を知ることができました。こうした学外での交流や経験によって、自分に合っているものや、好きなこと、これからやってみたいことがわかるようになっていきました。
なかでも私は、中村好文さんという建築家が好きになり、中村さんの著書や作品を調べるようになりました。「小屋暮らし」についての書籍のなかには、実際に中村さんが小屋生活を送った記録が記載されていました。生活の中に楽しみを見つけ、つくるのが非常に上手な方だと尊敬しており、今回の卒業制作のテーマ選びあたって影響を受けた一人でもあります。
もともと「タイニーハウス」という言葉は知っていたのですが、なぜわざわざ小さな住居に住んでいるのだろう、何がきっかけだったのだろうかと、数ある選択肢の中からタイニーハウスを選択する人たちの価値観について興味を持つようになったのが研究のきっかけです。研究を始める前は、タイニーハウスは山奥で社会と断絶して生きている人たちというイメージだったのですが、実際にその生活について調べてみると、小さな生活を送りながらも自らコミュニティをつくる人や家族で住む人、山という自然の機能を存分に使いこなして暮らしている人など、さまざまな生活様式が存在していていることがわかりました。
この研究によって、自分自身の価値観も変わりました。もともと物や空間を減らして小さく生活したいという考えはなかったのですが、最小限の生活を送りながらタイニーハウスの可能性を最大限に活かし、自分で好きな場所を選び、好きな空間をつくっている人たちの生活にたいへん共感し、憧れを抱くようになっていきました。そうして、いつかは自分もタイニーハウス暮らしを経験したいと思うようになりました。
荻原 廣高
不要な物を排除して必要な物だけを所持する、シンプルかつミニマルな生き方が、若者たちを中心に拡がりをみせている。最小限の所有物だけで生活を送るための小さな住居は「タイニーハウス(Tiny House)」と呼ばれ、お金や時間に縛られた消費社会から抜け出し、大切なものと向き合う新しいライフスタイルの象徴としても知られている。
籠池七美は前期に執筆した卒業論文で、主に田舎でタイニーハウス暮らしをする人々について広く調査を行い、その思想や目的、生活、そしてタイニーハウスの持つ空間性について分析を行った。その結果、ますます多様化する現代人の生き方や価値観についての知見を獲得することができた。
後期の卒業制作でもこのテーマを継承した。卒論での考察を経て、都会でもタイニーハウス暮らしを実現したいと考える人が多く潜在していると仮説を立てた。一方で神戸の市街地を調査すると、急速な都市化や高密度化の裏返しに「活用されていない街の隙間」が多いことに気づき、ここにタイニーハウスを挿入しようと考えた。
建築確認申請の求められない10㎡未満の小さなタイニーハウスが、街の隙間を埋めるようにセルフビルドで建築される。その住人はミニマルな空間を通じて自分と向き合い、また新たな発展を求めて街へと繰り出す。想いを共にする友人が生まれ、小さな階段や庭を介して次の、またその次のタイニーハウスを建てる。ボリュームをずらしながら繋がれたタイニーハウスや既存建物との間には、新たに小さな隙間が生まれ、街の人々と豊かな時間を過ごすための憩いの場へと姿を変える。
小さなタイニーハウスが周辺に新たな代謝を促し、静かで乾いていた街がいつしか、賑わいと潤いに満ちた街へと変わってゆく。稀に見る小さな住居に関する探求から始まった籠池さんの卒業研究は、実はそれ自身が街にも変化を促す大きな力を持っていることを確信し、一年間にわたる考究の旅を終えることになったのだろうと思う。