井上 愛理 – つどイロの間

2020年度卒業制作
学長賞

井上 愛理 - つどイロの間
井上 愛理 - つどイロの間

高校卒業後、2年ほど就職し、専門学校で建築を学び直した井上愛理さん。その理由は建築の仕事に携わる父親と将来一緒に仕事をしたいと考えたからだと言う。専門的な知識やスキルの習得のために学びなおすことのできる「リカレント教育」を受けるため、大阪工業技術専門学校に入学した。「クラスメイトには前職が美容師や看護師、主婦など様々な経験や価値観を持った人がいました。彼らとのなにげない会話や議論の中で、自分の価値観や視野が広がっていった」とのこと。そして、彼女が「建築の父」と呼ぶ、建築家・吉井歳晴氏に出会い、さらにその魅力にはまっていく。

専門学校では住環境の設計を中心を学んだ。もう少し大きなスケールで建築について考えたくなり、神戸芸術工科大学に編入学することにしたそうだ。「編入したばかりのころは、今まで学んでいたこととの間に様々なギャップがありました。その中で、自分らしい設計とは何かと考え続けました。今、卒業制作が終わって思い返してみると、二つの学校に通ったからこそ生活空間という小さなスケールと商店街というアーバンスケールを掛け合わせた提案ができたのではないかと思います。」

井上 愛理 – つどイロの間 2021 8/09
井上 愛理 – つどイロの間 2021 8/09

井上さんの卒業制作「つどイロの間」は、通りに対して「押し出し」と「引き込み」という建築的操作を行うことによって、新たな空間を生むだけでなく、コミュニケーションの手がかりとし、結果としてまちを活性化させることをめざしている。本当は、毎日敷地に行き、まちの空気を感じたかった。住んでいる人の話をもっと聞きたかった。それができない状況だった。

「私は人とのつながりや温かい関係性に魅力を感じていて、また、それが卒業研究で実現したいことのひとつでした。それなのに、コロナ禍での様々な制約によって現地に行けず、思ったように設計が捗らず、悶々としました。でも、ある時、できることをやるしかないと考え方を変えたんです。そこでもともと好きだった写真を駆使して店構えの写真を撮り、『構え方』について検証することにしました。そして、それをゼミで議論する。その繰り返しが論文や制作につながったと思います。」

この一年は「建築ってなんだろう?」と悩み「、今までの人生で、一番もがき苦しんだ」と言う。「死に物狂いで建築に向き合い続けることで、正解のない建築との距離が少しは近くなったと感じています。コロナ禍でリモートで接することが当たり前になって、人との関係がどこか希薄になる中、畑友洋先生をはじめ、ゼミの同期や後輩、友人など、本当にたくさんの人に助けてもらいました。卒業制作を通して改めて人とのつながりを感じることができました。そして、やっぱり温かい関係性は良いな~と」。

「これからも死に物狂いで建築と向き合っていく」と言う井上さん。とても頼もしい。人との関わりを大事にし、人に助けられてきた彼女はきっと、人を喜ばせる建築をつくることができるだろう。

アーケードに代わる「店の構え」が新しい共有空間を創出する
畑 友洋

 日本には多くのアーケード型商店街が存在する。アーケードを共有することで全天候型の通り空間を共有することで、店の連なりが生まれ、街のまとまりがう生まれるという単純な仕組みである。井上愛理は、特にこのアーケード型商店街を丁寧に調査、分析し、採光や保守等における共有空間の質の問題や、店舗が入れ替わる際、継承される履歴の希薄さなど多角的にその問題を整理することからはじめている。
 このプロジェクトでは、共有関係をアーケードに求めるのではなく、商店街で不文律的に認められている、通りに店があふれ出し空間利用している軒先半間の奥行を、むしろ立体的に出すことによって生まれる共有空間の可能性をプロジェクトの骨格に据えている。作者が「店の構え」と呼ぶ、まさに店のファサードが少し分厚くなったかのような空間の連なりが、店同士が手をつないでいく要領で、アーケードのような一義的なかたちではなく、生物的でやわらかな、変化し続ける街の様相を少しずつ生んでいく。またこの奥行き半間の空間は、既存の建物を建て替えることなく、面の皮一枚の付加、拡張によって、共有関係を生み出せるというリーズナブルさも特徴であり、この拡張部分は必ずしも固定式とは限らず、屋台のように移動式店舗として出張営業する可能性さえ示されており、面の皮の厚さに説得力がある。
 店同士の種類や距離感、関係性が反応しあい、店舗間の共鳴や好ましいテナントミックスを誘発するような仕組みとして、この店の構え空間が機能する姿を、みずみずしく描き出していることが爽やかであり、アーケードのような共有関係を前提とする商店街のオルタナティブとして、半間の奥行を持った新しい軒の連ね方を示してくれたことを評価したい。

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